2015年6月30日火曜日

IoTがもたらす破壊的インパクト

http://diamond.jp/articles/-/56879

 IoTは産業界に破壊的なインパクトを与える――。
 IoTはInternet of Thingsの略で、「モノのインターネット」という、よくわからない日本語訳があてがわれている。IoTの意味をもう少し噛み砕いてみると、IoTとはパソコンやタブレット、スマートフォンだけではなく、身の回りのあらゆるモノに埋め込まれたセンサーがインターネットに繋がり、相互で通信が可能になる技術や仕組み、状態のことだ。
 企業活動は製造業を例にとると、設計や開発、製造、在庫管理、販売、アフターサービスというバリューチェーンを描く。あらゆるものがネットにつながるということが、実はこのバリューチェーンの各局面のみならず、全体にも変革を迫るインパクトをもたらすのだ。では、このIoTを活用すると、産業界にどのような変化が起きるのだろうか。以下に実際の事例を挙げよう。

安全という新サービス生んだ化学企業
収益構造を一変させた空調設備会社

 米国マサチューセッツ州ウォルサムを拠点に世界に5万人の従業員を擁するサーモフィッシャーサイエンティフィック。ニューヨーク証券取引所に上場する、総合化学サービス企業だ。
 同社はIoTを活用し、「TruDefender FTi」という消防や警察向けの新しいサービスを開発した。従来と違って、スピードと正確性、事故現場などで作業をする隊員の安全性を確保することができている。
 たとえば、何らかの化学物質の漏洩事故が起きたとしよう。事故現場に到着した隊員は、まず専用端末で現場の空気の汚染状況を測定する。次にその測定データがインターネットを介して専用サイトに転送され、安全な場所にいる同社の分析官が測定データを詳細に分析。結果をすぐに現場の隊員に伝達する。事故現場では汚染を最小限に抑えることができ、対策もすぐに打てる。
 かつてのように、現場の隊員が扱う測定端末が“スタンドアローン”であればこうはいかない。「TruDefender FTi」では、通信ができる専用端末を使っており、かつそれらを分析するための専用サイトなどのインフラが整備されているため、スピードと正確性、安全性が実現できるのだ。

また、創業100年を迎え、世界100ヵ国以上で事業展開をする空調設備会社の米トレインもIoTの活用を進めた企業だ。
 同社はビルに設置されるエアコンやヒーティングシステムなどの空調設備を納入していた。いわゆる、ハードウェアを売るというビジネスモデルだった。ところが、今は納入した空調設備の使用と保守・管理などのサービス料を得るビジネスモデルに転換した。
 同社は空調設備にセンサーを付け通信可能にし、稼働状態をすべてインターネット上で管理している。故障が起きたときはどこで、どのような原因で問題が起きているのか診断できる状態になっているほか、ユーザーであるビルの入居者に対して、設備のどのような使い方がいいのかというアドバイスを提供している。
 顧客からの連絡を受けていた従来のカスタマーサービス部門の役割は、当然ながら大きく変わった。納入した空調設備の状態をリアルタイムで把握できるため、能動的にカスタマーサービスができるようになる。単なる“コスト”であったカスタマーサービスが、今では売上を産む部門となったのだ。
 同社ではすでに、全社の売上高においてサービスの販売額は50%に達しているという。
 サーモフィッシャーの場合はIoTを活用して「安全」という新サービスを生みだした。一方、トレインは収益構造を大きく変えた。つまり、価値を生み出す源泉が大きくシフトしたのである。

経済効果は2025年6.2兆ドル
500億個のモノがネットにつながる

「PTC Live Global 2014」では多くの先進事例が紹介された。トヨタもその先進事例のひとつとして登壇。同社の開発、設計工程において、どのようにPTCの製品を使っているか発表された Photo:DOL
 上記の2つの事例が紹介されたのは、CAD(コンピューターによる設計やデザイン)ソフトのメーカーであり、PLM(Product Lifecycle Management:製品ライフサイクルマネジメント)ソリューションを開発する米PTCが、2014年6月に米ボストンで開催したカンファレンス「PTC live Global 2014」で紹介されたものだ。
 PTCは上記の2つの例を実現するためのツールを提供している会社ということになる。同様のソフトウェアやサービスを提供しているのはPTCだけではない。仏ダッソー・システムズと米シーメンスPLMソフトウェアが同社のライバルだ。
 IoTが産業界に浸透すれば、PTCのような企業にとっては大きなビジネスチャンスとなる。なぜなら、先述のサーモフィッシャーサイエンティフィックやトレインのように、リアルタイムでモノの状況のインターネットを介して掴み、それを活かしてビジネスをするということは、モノの情報をデジタルで一元管理する必要があり、そのときにCADやPLM、SLM(Service Lifecycle Management:サービスライフサイクルマネジメント)ソリューションが効果的だからだ。
 では、IoTはどのくらいのスピードで、どのくらいの規模で浸透するのだろうか。
2020年、全世界の人口が約80億人に達するが、それまでにネットにつながるモノの数は500億個にまで増え、IoT関連のアプリケーションは1億種類に達する。マッキンゼーが2013年に発表した推計によれば、2025年にIoTがもたらす経済効果は、全世界で6.2兆ドルだという。
 2013年の時点で、IoT関連の投資は全世界ですでに1.9兆ドルにも達しており、これからさらにIoTが産業界に浸透していくことは確実だといえる。多くの企業にとって、先行事例として挙げた2社のように、製品やサービス、ビジネスモデルの大変革が迫られることになる。

キーワードは「Smart,
Connected Products」

身の回りのモノの多くは、通信機能を持ちインターネットにつながった「スマート、コネクティッド・プロダクツ」へ変わっていくと予想されている
Photo:DOL
 大変革を遂げるうえで、企業にとってもっとも重要な要素として、PTCのジェームス・E・ヘプルマンCEOは「スマート、コネクティッド・プロダクツ(Smart, Connected Products)」だと指摘した。
 身の回りのモノが、「スマート、コネクティッド・プロダクツ」に変わることによって、ハードウェアそのものに価値があった時代は完全に終わり、ソフトウェアとサービスが価値の源泉となる。そのソフトウェアは必ずしも組み込まれている必要はなく、クラウドからダウンロードされるようになるという。
 さらに、製品の状態を常にモニタリングできるようになるため、その製品がどのように使われているかという情報をアフターサービスなどに活かすことができるようになる。先述したトレインが良い例だ。
 付け加えれば、在庫管理も変わると指摘されている。これまではユーザーからいつ、どのくらいの故障や部品交換の依頼がくるかわからないため、倉庫に膨大な部品をストックしなければならなかったが、ユーザーの利用情報があれば、予測が可能になる。ユーザーのもとにすぐに駆けつけるため、全国に抱えていたサービスマンの最適配置もできると言われる。

活力を失った日の丸製造業は
IoTを復活の好機にできるのか

 これまでアメリカの事例を中心に紹介してきたが、日本の産業界にはどの程度IoTが浸透しているのだろうか。
 日本の製造業は“モノづくり”にこだわり、ハードウェアの精巧さに強みがあった。いまでもその強みがあり生き残れると評価する声もある。しかし、その強みがあったからこそ日本を代表する製造業であるソニーは、ポータブルオーディオプレイヤーでのデジタル化という変化についていけず、アップルに王者の椅子を明け渡すことになってしまった。
 ペンシルベニア大学ウォートンスクールのモリス・コーヘン教授は、IoTの浸透によって製造業が直面する変化について、次のように指摘している。
 「製品の価値はタンジブル(実体のある)な“モノ”だけではなく、それに対するサービスによって生み出される。したがってサービスの品質はものすごく重要だ。モノとサービスの組み合わせが、差別化につながる」
 アップルはハードウェアそのものの価値が減退し、ソフトウェアやサービスに価値の源泉が移行している流れをうまく掴んで成長した。iPodとiTunesというハードウェアとソフトウェア、及びサービスの組み合わせで、ソニーの「ウォークマン」にはない価値を生み出し、市場のルールを変え、シェアを奪った。モリス・コーヘン教授の指摘そのままである。
 IoTの浸透による変革の波は、アップルがソニーから市場を奪った背景にある変革の波よりも、よい広範囲で大きな波であることが確かだ。対象となる範囲は家電メーカーに限定されるものではないし、製品はあらゆるものに及ぶ。実際、サーモフィッシャーサイエンティフィックは総合化学サービス企業であり、トレインは空調設備メーカーだ。両者の例は価値の源泉がシフトすることを示している。ここが破壊的と言われる所以なのだ。
 では、日本の製造業がIoTの浸透による変革の波に乗れるのか――。ウォークマンがiPodに駆逐されたように、変化の波に乗れず、このまま沈没するのか――。
 モリス・コーヘン教授は「日本企業は決して遅れはとっていないし、IoTの重要性は認識しているように見えるが、変化は非常にゆっくりなものになるだろう」と話す。
 しかし、日本の製造業の業務プロセスや製造工程、組織、マネジメント等さまざまな経営課題に深く関わる、あるコンサルタントは「日本企業にある独特な組織文化やマネジメントスタイルが、変革を難しくすると思う。IoTやそれに対応するためのPLMやSLMなどのITソリューションも変革には重要な役割を果たすだろうが、その導入だけでは変革はできない」と指摘する。
(ダイヤモンド・オンライン編集部 片田江康男)

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