2015年6月30日火曜日

IoTの価値を無視すべきではない -「モノのインターネット」の本質とは何か?[転]

http://enterprisezine.jp/iti/detail/5741

古くからある概念である「モノのインターネット」(Internet of Things:IoT)が今また大きな注目を集めるようになってきた。どのような新トレンドについても言えることだが、IoTについても業界において多少の混乱が見られるようだ。本記事では数回にわけて、IoTの本質と価値、そして、企業ITへのインパクトを考えていくこととしよう。

IoTとは何なのか?

クラウド、ソーシャル、ビッグデータに続く重要トレンドとして「モノのインターネット」(Internet of Things:IoT)が注目を集めている。 IoTの概念そのものはそれほど難しいものではない。従来型のインターネットがコンピューターのネットワークであったのに対して、テクノロジーの進化により、今まではネットワークに接続されていなかった「モノ」がインターネットを介して情報をやり取りする能力を備えていくということだ。
 ここで、「モノ」には「コンピューターを内蔵した物品」も含まれるし、無線タグを付した物品のようにそれ自体ではコンピューターとは呼べないが、別のコンピューターと情報をやり取りすることで間接的にインターネットに参画できる物品も含まれる。重要なのは、「コンピューターを内蔵したモノのネットワーク」あるいは「コンピューターとやり取りできるモノのネットワーク」とは言わずに「モノのネットワーク」と呼んでしまってよいほどコンピューターが見えない存在になっていく点だ。
 IoTに相当する概念は新しいものではなく、1990年頃から議論されてきたものだ。概念としては新しくはないがテクノロジーと利用環境の変化により急速に重要性が増しているという点ではクラウドやビッグデータとも共通する部分がある。
 IoTに関連したもうひとつの重要概念にM2M(Machine-to-Machine)がある。人間を介在しない機械どうしのやり取りによりプロセスが実行されていくという考え方である。現在のコンピューターが処理するデータの大部分は元々人間が入力したものであり、多くのプロセスは人間が起動することで実行される。
 これに対して、M2Mの世界では、たとえば、自動販売機自身が在庫を監視して補充が必要になった時に在庫管理のサーバに発注依頼を送信するなど(さらには出荷された商品の無線タグを読み取ることで自動的に在庫管理サーバの情報が更新されるなど)、人間の介在なしにデータの捕獲、そして、それに対するアクションが実行される。機械だけによる自律的な最適化が行われることもある。人によってはM2MをIoTと同義にとらえる人もおり、M2MをIoTのサブセットとして捕らえる人もいる。また、IoTはより総合概念に近く、M2Mはより要素技術に近い言葉というニュアンスもある。
 IoTに関連してIoE(Internet of Everything)という言葉もある。これは、米Cisco Systemsが提唱している概念であり、M2Mだけでなく、P2P(ここでは、一般的なpeer-to-peerではなくpeople-to-peopleを意味する)およびP2M(people-to-machine)も含めたインターネットの姿だ。つまり、IoEはIoTを包含する概念と言える。

IoTに向かう3つの流れ

 筆者は、今日のIoTに向かう動きには大きく以下の3つの流れがあると考えている(図参照)。
▲図:IoTに向かう3つの流れ
1.無線タグからの流れ
 そもそも、1999年にInternet of Thingsという言葉を生み出したとされているKevin Ashton氏は米MITのAuto-IDセンター共同創設者であり、無線タグ(RFID)技術の推進者の一人である。IoTを無線タグ技術の延長線上にあるものとしてとらえる立場は、ある意味で「正統派」とも言える。しかし、今日、IoTという言葉が論じられる時にはこれよりも広い概念でとらえられることが多い点に注意が必要だ。
2.組み込み機器からの流れ
 コンピューターを組み込んだ機器はすでに数多く存在する。たとえば、自動車やスマート家電などがその典型だ。それらをインターネットに接続することでさらにその価値を増す動きはすでに始まっている。
 3.ウェアラブル・コンピューティングからの流れ
 スマートウォッチやスマートグラスなどのウェアラブル・コンピューターも組み込み機器の一種ということもできるが、現在、特に注目を集めている領域であることから、ウェアラブルを中心にしたIoTの世界への移行というシナリオも十分に考えられる。
 もちろん、上記の3つの流れは独立したものではないし、重複する部分も多い。しかし、上記のどの立場にあるかによりIoTに対する見方が異なってくることがあり得る。
 たとえば、上記の2の立場にある人は、IP(IPv6)ネットワークを中心に議論を進めがちだろう。それに対して1の立場の人はNFCやBluetoothなどの軽量型の近距離通信技術とIPネットワークとの統合に注目する傾向が強いと思われる。
 また、3の立場にある人はユーザーのエクスペリエンス中心に「モノのインターネット」の価値を考えようとするかもしれないが、1の立場にある人はできるだけ人間の介在を排したM2Mの世界を追求する傾向が強いだろう。
 これはどちらが正しいかという議論ではない。ポイントは、今日のIoTには様々な立場の人が関与しているため、あるべきIoTの姿について統一的な見解を得ることが困難になっているということ、そして、今後論じられていくIoTは過去におけるものよりも範囲が広くなっていくであろうということだ。

IoTのビジネス上の価値を無視すべきではない

 ムーアの法則にしたがってコンピューターはどんどん安価になるので、「モノのインターネット」も必然であるというテクノロジー中心型の思考は危険だ。IoTによりどのような価値が提供されるのか、さらに言えば、既存の基盤を置き換えるのに十分なだけの価値が提供されるのかは無視してはいけない検討事項である。
 例として、無線タグの現在の普及状況を考えてみよう。2000年代初頭には、無線タグが戦略的テクノロジーのひとつとされ、バーコードを置き換えて支配的になるとの見方があった。量産効果により無線タグが十分に安価になれば自然に普及するとの見解もあった。しかし、現状を見るに、無線タグは特定分野で一定の普及はしているものの、個々の日用品に無線タグが付されているのが当たり前といった世界は到来していない。バーコードという既存テクノロジーが必要にして十分な機能を安価に提供しているからである。
 IoTについても同じことが言える。既存のセンサー(たとえば、室内温度計)にネット機能を搭載するコストは継続的に減少している。しかし、それだけを理由にして、ほとんどの温度計がネット化されることにはならないだろう。仮にネット機能の搭載に要するコストがわずか1,000円であったとしても、温度計本体の価格が1,000円であったとすればそれは100%のコスト増になる。それに見合うだけの価値を生まなければ市場は生まれない。
 もちろん、これはIoTが価値を生まないと言っているわけではない。直感的に考えてもIoTが価値を生み出す機会は膨大だ。IoT自身の規模が膨大になり得るからだ(今日のコンピューターのインターネットが数十億のノードから成るのに対して、モノのインターネットはそれよりも1桁以上大きい規模になり得る)。今まで人間が介在していた処理のM2Mによる自動化の効果も、個別にはわずかであったとしても、全体としては膨大な価値になり得る。
 しかし、企業ITの立場から言えば、全体的な価値よりも、まずは個別具体的なソリューションで実現される価値に注目する必要がある。スマートグリッド、テレマティクス、スマートビルディングなど、何らかの形でIoTに通じる取り組みがすでに行なわれており、価値が提供できる可能性が高くなっている領域も多い。これ以外にも、モノがインターネットに直結されておらず人間が介在することによって大きな非効率性が生じている領域であれば、IoTによる大きな改善が期待できる。
 企業IT担当者へのアドバイスを述べるならば、IoTを重要な検討対象案件ととらえるべきだ。しかしその一方でいたずらにIoTに飛びつくことなく、自社の特定の問題解決に役立つ応用(キラー・アプリケーション)を見つけ出すことが重要だ(市場調査会社の予測市場規模が大きいからと言ってそれが自社ビジネス上の価値に直接結びつくとは限らない)。IoTがまだ「キャズム越え」を果たしていないのは明らかであり、この段階で必要とされるのはキラー・アプリケーションである。
 次回はIoTのテクノロジー面にフォーカスして議論を進めていこう。

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