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2009年12月9日水曜日

天声人語 2009年12月8日(火)付

今年の3月10日、東京大空襲の日の小欄で「戦争と平和をめぐる言葉の空疎化」について書いた。〈たとえば「戦争の悲惨さ」「命の大切さ」と言う。便利なだけに手垢(てあか)にまみれ、もはや中身はからっぽの感が強い〉と。少し言い過ぎかと思ったが、賛同の手紙を何通か頂戴(ちょうだい)した
▼「平和の大切さ」も同じだろう。この手の紋切り型は納まりがよく、人を分かったような気にさせる。一方でものごとを抽象化し、どこか他人事のように遠ざける。往々にして、そこから先の問題意識と想像力を封じてしまう
▼新聞も偉そうなことは言えない。「命の大切さを訴えた」「戦争の悲惨さを胸に」式の表現はけっこう目立つ。これで記事は一丁あがり、では書き手の考えも深まっていかない
▼批評家の小林秀雄が能について述べた一節を思い出す。〈美しい「花」がある、「花」の美しさという様(よう)なものはない〉。名高いくだりを借りて大胆に言うなら、「『大切な命』がある。『命の大切さ』という様なものはない」となろうか
▼抽象的な「命の大切さ」でおしまいにせず、ひとりの「大切な命」についてこそが、もっと語られるべきだろう。「戦争の悲惨さ」は遠くても、「悲惨な戦争」の体験を聞けば、平和への思いは質量を増していくに違いない
▼今日が何の日かを知らない若い世代が、ずいぶん増えていると聞く。わが身も含めて4人に3人が戦後生まれになった今、風化はいっそう容赦ない。伝える言葉に力を宿らせたいと、かつて破滅への道を踏み出した日米開戦の日に思う。

2009年12月8日火曜日

天声人語 2009年12月7日(月)付

冬日を透かして、クヌギの葉が黄金に染まっていた。光合成の役割を終えた葉は土に還(かえ)り、今度は底から木を支える。緑から黒へ。その間に放つ一瞬の輝きは、任を果たした喜色に見える
▼樹木医の石井誠治さんと、明治神宮の森を歩いた。クスノキなどの常緑樹が覆う参道に、森厳の語を思う。森は人跡から守られ、路上に散った葉も中に戻される。結果、その土は都心一の豊かさと聞いた
▼初もうでの人出で知られる神宮は1920(大正9)年の創建。境内の緑の大半は、全国からの献木10万本を青年団が植えた人工林だ。大隈重信ら時の重鎮は荘厳な杉林にこだわったが、原生林を描く学者たちが説得したという。正しい判断だった
▼早くも20年後、詩人の高橋新吉が〈身は都会の塵域(じんいき)を遠く離れたる心地す〉と詠んだ。いま、先人が夢見た「永遠の杜(もり)」の情趣はさらに深い。植生は多彩で、石井さんによればキウイの木まである。どこかで実を食べた鳥が種を運んだらしい。刻々と相を変え、森は進化する
▼神宮の技師は「本当の天然林になるにはあと200年はかかる」と記している。樹木の命をつなぐ落葉は、終わりであると同時に始まりでもある。〈冬めくや幹のうしろに幹の見え〉倉田紘文
▼きょうは大雪(たいせつ)にあたる。週末の雨に急(せ)かされ、何億もの葉が枝に別れを告げたことだろう。落ちて大地に抱かれ、腐葉土への長い旅を始めたはずだ。その足元で続く小さな営みを思えば、丸裸になった冬ざれの木々も清々(すがすが)しい。寒いゆえに温かい、そんな季節が巡ってきた。

2009年12月7日月曜日

天声人語 2009年12月5日(土)付

師走の今ごろは、喪中のはがきが日々届く。冬の空から降りてきたように、ひそやかに郵便受けにある。紋切り型のあいさつ文は、事務的な素っ気なさゆえに、亡き人をきっぱりと生者から遠ざける
▼賀状だけのつきあいが長く、もう面影だけの人も、現実に幽明を隔てれば感慨は深い。子を亡くしたと知れば、友の悲嘆を思って切ない。会いたかった恩師は夏に旅立っていた。何枚かを手に、歳々年々人同じからず、の思いがつのる
▼〈船のやうに年逝く人をこぼしつつ〉。小紙長野県版の俳壇選者、矢島渚男(なぎさお)さんの句である。過ぎていく年を大きな船の航海にたとえた。そこから一人、二人とこぼれていく。つまり亡くなっていく。「逝く」のは時であり、人でもある
▼「人生の時間は豪華客船に乗っているような華やかなものです」と、句のイメージを矢島さんは話す。その船から今年も多くの人が下りていった。ゆく年を偲(しの)ぶのは、亡き人を偲ぶことに、どこか通じていく
▼先ごろの声欄で、亡くなった後輩から喪中はがきが届いたという女性の話を読んだ。「10月16日、45歳で、未知の世界を旅することになりました……」。病床でしたためたはがきに親族が日付を入れて出したそうだ。それこそ天から舞い降りた、心に染みる一枚(ひとひら)だろう
▼とはいえ偲ぶより、来る年を喜び合う方がどれほど幸せか。当方、これまでの仕事でお近づきになったご高齢は多い。〈まだ生きているぞ賀状の面構え〉蔵巨水。年の瀬に恙(つつが)なきを祈りつつ、よき「面構え」との再会を心待ちにする。

天声人語 2009年12月6日(日)付

子ども時代、一番のドキドキは運動会の駆けっこ、とりわけ号砲を待つ数分間だった。一緒に走る顔ぶれを横目で確かめ、「よくて3位」などと気を回すからさらに硬くなる
▼新学期の席替えにも淡い緊張が伴った。あこがれの君、苦手な子。班の顔ぶれによって、しばらくは登校の意気込みから違う。知らない名も多いクラス替えは運まかせだが、学級内の「当たり外れ」は鮮明だった
▼サッカーファンを一喜一憂させて、32チームが8組に分かれた。来年のワールドカップ南アフリカ大会の組み合わせ抽選。日本はオランダ、カメルーン、デンマークと同じ組だ。いずれも格上ながら「十分対応できる範囲」(岡田武史監督)という。当たりではないが大外れでもないらしい
▼くじは気まぐれだ。74年の西ドイツ大会で、地元西独はなんの因果か初出場の東独と同組になった。親善試合さえなかった両国の、最初で最後の公式戦は東が西を1対0で破る。大観衆は番狂わせに打ちひしがれ、スタジアムから地下鉄の駅まで沈黙の列が続いたという
▼しかし、この負けが西独に幸いする。2位で勝ち上がった結果、手ごわいブラジルやオランダと当たらずに決勝まで進み、優勝候補のオランダを下して頂点に立った。くじはドラマの始まりでしかない
▼サッカー好きなら、組み合わせ表を見ながら延々と話し込めるだろう。日本の布陣や作戦を論じるもよし、他の組や先の展開を読むのも楽しい。半年も前にくじを引く理由が分かる気がする。長くて熱い「前夜祭」の幕開けである。

2009年11月12日木曜日

天声人語 2009年11月12日(木)

肉がお好きで、卒寿を超えてもステーキとフォアグラを一度に頼んでいたという。脚本家の倉本聰さんが「存在そのものがすでに演技」と惜しむ森繁久弥さん、96歳。後輩のために弔辞を読む役回りを退き、いよいよ聞く番となった

他喜好吃肉,据说年过九十之后仍然一次就能要上一份炸牛排与鹅肝。
“他的存在本身就是演技”剧本作家仓本聪先生如此惋惜的森繁久弥先生以96岁高龄谢世。
从为晚辈诵读悼词的角色位置上退了下来,这一次轮到他聆听别人为他诵读悼词了。

▼人も芸も軽妙だった。TBSの生放送ドラマ「七人の孫」で、お手伝いさん役の新人女優をいたく気に入った森繁さん、放送当日、急坂のラーメン屋台という妙な場面を注文する。台本なしの本番。屋台の丸いすに座ったご隠居は、即興で横のお手伝いにすり寄った

为人与从艺皆洒脱精妙。
在TBS(电视台)的直播电视剧“七个子孙”中,对于在剧中扮演女佣的新秀女演员特别满意的森繁先生就在播放的当天,要求(设计)了一个特别巧妙的场面,就是把移动面摊车摆到了一段较陡的坡路上,而且这是一段没有台词的直播。坐在移动面摊车旁小园凳上的老先生即兴地便依靠在了位于一旁的女佣身上。

▼新人がうぶに押しのける。屋台は坂をずり始め、2人は抱き合って倒れ込んだ。このわるさ、配役を任された久世光彦(くぜ・てるひこ)さんが『今さらながら大遺言書』(新潮社)で明かしている。相手は後の樹木希林さんだ

新人便非常自然地进入了角色。移动面摊车开始在坡路上滑动了起来,结果2人便抱成一团倒在了地上。这个恶作剧是剧中担任配角的久世光彦先生在《如今才写下的大遗书》(新潮社出版)一书中披露的。出演对手戏的就是日后成名的树木希林女士。

▼女性を愛し、映画でも尻や胸によく手が伸びた。パシッとやられて退散する流れがおちゃめで、いやらしさはない。座談の色話には軽(かろ)みが漂い、エロというより、小さな字で助平と書きたいおかしみがあった

他爱女性,即便在电影中也不乏用手触摸(女性)臀部及胸部的镜头。为此突如其来的举动悻悻而逃的过程透着那么一点可爱的顽皮,绝无丝毫厌恶。闲聊时有关男女情事的话题中洋溢着轻快,与其说是色情,倒不如说存在着一点妙趣,这种妙趣是用小号字书写的好色。

▼大阪人のサービス精神に、大御所の威厳がいい案配で重なる。銀幕の盛りはチョビひげ、晩年は白いあごひげの相を大衆の記憶に刻んだ。お座敷でのドジョウすくいと文化勲章。どちらもはまる自在の人だった

演艺界泰斗的威严以恰如其分的考虑同大阪人的奉献精神相吻合。从银幕(电影)鼎盛时期的小胡子到晚年白白的颚须,其容貌深深地镌刻在了大众的记忆里。无论在自家府邸捞泥鳅还是获得文化勋章,他是一位哪方面都干得出彩的潇洒之人。

▼勝新太郎さんや芦田伸介さんら、仲間に先立たれる思いを「朝寝坊でロケバスに乗り遅れた私だけがまごまごしている」と記している。「生きているやつはみんな哀れなんだ」と。久世さんも、最愛の妻子も待つ次の現場に向かって、悠然とバスに消えた。

在回忆胜新太郎先生以及芦田伸介先生等早一步辞世的朋友时曾这样写道“由于爱睡个懒觉,所以没能赶上那趟外景车,孤零零地剩我一个不知如何是好”,“活着的人都是悲哀的”。这一次,他悠然地坐上了开往下一个景点现场的汽车,在那里他那最爱的妻子正等待着他。

天声人語 2009年11月11日(水)

沖縄県石川市(現うるま市)は、沖縄戦後の日本人収容所から発した街だった。ある日収容者の前に男が現れ、「残った者が元気でないと死んだ人が浮かばれぬ。命(ヌチ)のお祝いをしよう」と踊り始めた逸話が残る。『沖縄言葉(ウチナーグチ)ちょっといい話』(藤木勇人著、双葉社)で知った

▼だが、命のリレーはままならず、彼らの子どもらを再び悲劇が襲う。市立宮森小に米戦闘機が落ち、児童11人を含む17人が死亡、200人超が負傷して50年になる

▼2年生だった校長の平良(たいら)嘉男さん(58)は節目の今年、遺品などを集めた巡回展を始めた。「生活に追われ基地に耐えることが日常になっていないかと、県民に問いたい」と語る

▼戦争で踏みにじられた後も、この島は異国の戦に酷使されてきた。いや、基地は日本の平和のためだという反論があろう。しかし、度重なる墜落事故や性犯罪で流された血涙は、同盟のコストといった乾いた言葉ではくくれない

▼普天間飛行場の問題も積年の我慢と怒りの先にある。県外移設を訴えて政権を取った鳩山首相に、地元の期待が膨らむのは当然だ。平良さんも、県内移設に反対する大会に出た。「県外だ国外だ、と言うのはつらいのです。この苦しみを誰かに強いることになる」

▼ベルリンの壁が崩れて20年というのに、極東では冷戦が尾を引き、沖縄の「役割」もなかなか終わらない。とはいえ、外国の基地がいくつもあるのは、主権国家として異常な姿であろう。日米ともせっかくの新政権である。この際、お互い腰を据えて同盟の明日を考えたい。

2009年11月10日火曜日

天声人語 2009年11月10日(火)

毒舌の評論家大宅(おおや)壮一(そういち)が残した名言の中でも、〈男の顔は履歴書である〉は深い。女性も社会的なキャリアを重ねる時代、何も男に限ったことではなかろうが、面相には脚光や風雪の跡が正直に刻まれる

▼英国人女性の遺体を捨てたとして手配された男(30)が、整形手術を重ねて逃げている。大宅流に言えば履歴書の改ざんである。元の顔からは目元の鋭さが消え、妙な造作になった。親からもらった顔をあえて崩し、別人になりすましていたらしい

▼計100万円とも言われる整形代をどう払ったのか。履歴書の要らない職場で食いつないでいたのか、支援者はいるのか。2年半を超す逃亡の軌跡は、遠からずさらされるだろう

▼いやな事件が続く。島根県の女子学生(19)はひどい殺され方をした。貧困や飢餓に関心を寄せる、まじめな女性だったと聞く。英語が得意で、留学を夢見た彼女の履歴書は、アルバイト以外の職歴を白く残して引きちぎられた。鬼畜の所業と吐き捨てたところで、震えるほどの怒りは収まらない

▼隣の鳥取県では、詐欺容疑で捕まった女(35)の周辺で、何人もの男性が不可解な死を遂げていた。トラック運転手が、新聞記者が、警察官が、それぞれの履歴書を完結させぬまま不意に息絶えた。最期の顔がゆがんでいては浮かばれない

▼いつの日か、これらの事件が裁判員を交えて裁かれる運びになれば、被害者の数だけが焦点ではなかろう。手口がむごいほど、あくどく逃げ回るほど、市民の心証は厳しくなる。この点、どの犯人も覚悟したほうがいい。

天声人語 2009年11月8日(日)

名探偵シャーロック・ホームズと、相棒のワトスン博士が出会うくだりは、愛読者にはよく知られている。名高いコンビが誕生する場面で、ホームズが開口一番に言うのが「あなたはアフガニスタンに行ってこられたのでしょう?」である

▼ときは19世紀の終わり近く、ワトスンは英軍の軍医として従軍して戻ったばかりという設定だ。文明の十字路とも言われたアフガンは、古くから列強の軍靴に踏まれた歴史を持つ。そして今も、多くの血がこの地で流されている

▼政治も治安も悪化の一途をたどっているようだ。汚職がはびこり、麻薬栽培は広がり、10月の米軍の死者は過去最悪となった。出口の見えぬ泥沼は、いまや「オバマ政権の墓場」とさえ言われている

▼折も折、米国の基地で銃の乱射が起きた。兵士の心のケアを担う精神科軍医の犯行とわかり衝撃は大きい。近くアフガンに派遣される予定だったという。大統領は来日を延ばして追悼式典に出ることになった

▼わが在米中の7年前を思い出す。アフガン帰りの兵3人が続けて妻を殺す事件が起きた。うち2人は自殺した。米社会をむしばむ「心の傷」の、氷山の一角だったろう。「自ら傷つくことなしに戦争などできない」。取材したある帰還兵の言葉がいまも耳に残る

▼小説ながらワトスン博士も、帰還したときは心身ともぼろぼろだった。変わらぬ戦争の実態だろう。快刀乱麻を断つ解決などアフガン問題には望みようもない。米国と世界と、何よりもアフガンの人々の抱える深い淵(ふち)を、いまさらながらに思う。

天声人語 2009年11月7日(土)

自民党が突っ込み、民主党がしのぐ国会論戦。攻守交代の光景を、筑紫哲也さんならどう論じただろう。立冬の昼下がり、希代のジャーナリストが逝って早いもので1年になる

▼当方、あこがれて入社した世代ながら、ほどなく、あちらは雑誌を経てテレビに移られた。じっくりお話しできなかったのが悔やまれるが、天上のその人は、別の意味で歯ぎしりしているはずだ

▼「オバマのたたかいや、日本の政治状況の激変ぶりを筑紫さんが見られなかったのをつくづく残念に思う。さぞかし面白がっていただろうな、と」。「NEWS23」のデスクだった金平茂紀TBSアメリカ総局長の無念を、新刊の『筑紫哲也』(朝日新聞出版)から引いた

▼30年近く交遊した歌手、井上陽水さんが同書で語る。「自分が演じるのではなく、演じている誰かを見たり、世の中に紹介したりするという意味で、観察者のプロだった」。最高のほめ言葉だろう

▼ご本人は記者たる条件を、取材、分析、表現の力と述べている。十二分に観察、消化、発信して、なお自由人の余裕をたたえていた。異見や珍説に耳を傾け、談論風発を楽しむ。心のアソビが世の中全体から消えつつある時代に、その不在は日増しに大きい

▼プロのやじ馬なら、この変わり目にこそ居合わせてほしかった。「いちばん大切な時に、なんでいないのよ」とは、歌手加藤登紀子さんの嘆きである。せめてもう1年。73歳は天命だったにしても、筑紫さんの沈黙は早すぎた。彼に問うてみたいこと、彼が語るべきものは尽きない。

天声人語 2009年11月6日(金)

7年前、大リーグ挑戦を決めた松井秀喜選手は、記者会見で一度も笑わなかった。「何を言っても裏切り者と思われるかもしれないが、いつか『松井、行ってよかったな』と言われるよう頑張りたい」。そう、本当によかった

▼背番号55の大活躍で、ヤンキースがワールドシリーズを制した。粘っての先制ホームラン、2本のタイムリーとも胸のすく当たりだった。栄冠には、日本人初の最優秀選手(MVP)という宝石がついた

▼オノをぶん回すような巨体がそろう米国では、勝負強い中距離打者の印象が強い。イチロー選手がカミソリなら、ゴジラはナタの切れ味だろうか。どっしりと構え、狙いすまし、しなやかに一撃を見舞う

▼耐える男に見える。右足で細かく間合いをはかり、総身に火薬を満たしてなお、きわどい球を見送る。会心の一発が出れば、喜びを押し殺してベースを回る。けがやスランプを理由に取材を拒むこともなかった

▼「巨人の大4番」を捨てた最初の選手である。日本にとどまれば何度もタイトルを取っただろう。ワールドチャンピオンにしても、何人かの日本人が先に経験した。4年契約の最終年、新装のヤンキースタジアム。野球の神様は、最後の最後に「マツイの日」を用意していた

▼辛口で鳴らすニューヨークのファンが総立ちでMVPコールを送る。くしゃくしゃの相好で大男たちと抱き合う姿に、そうか、7年分の笑顔なんだと納得した。自分を裏切るな、迷った時は挑戦せよ、倒れるなら前に。いくつものエールを発する、いい顔だった。

天声人語 2009年11月5日(木)

国の台所事情がいよいよひどいことになってきた。今年度上半期の税収は前年同期より24%減り、年度見通しも46兆円から30兆円台に修正されるという。火の車にせき立てられて、たばこ増税が浮上している

▼販売が急減しては財政的に元も子もないから、たばこ税の引き上げは「小幅で何度も」が常だった。そのせいか、1箱平均600円の欧米に比べ、日本のたばこは半額。禁煙の旗を振る厚労省は「しがらみのない政権なんだから」と大幅アップを狙う

▼たばこ包囲網は狭まる一方だ。700度の火が幼児の顔あたりを舞うとあって、歩きたばこの追放が各地に広まった。神奈川県では来春から、不完全ながら飲食店などでの喫煙が規制される

▼真綿で絞められるように喫煙率は下がり続け、今春で25%(男性39%、女性12%)。喫煙者が年に80万人減った計算だ。つまり2兆円強のたばこ税は、より少数が、より高額を背負って支えている。日本たばこ産業は「罰金のような課税」とむくれる

▼だがどうだろう。紫煙への依存は、ストレス解消とかの前にニコチン中毒という病である。だから値上げは体に良い、という理屈になる。本当に国民の健康を願うなら、財源が枯れるのを覚悟で1箱千円にしたらいい

▼税収を案ずるなら、簡単にやめられない弱みに乗じ、取りやすい所からチマチマ取る姿勢はどうか。中毒などに頼らない、大きな構想がほしい。孫子の代を見据え、消費税や法人税、さらには歳出までを含めた財政の解体修理にかかる時だ。一服している暇はない。

天声人語 2009年11月4日(水)

深いものになると、アリの巣は地下4メートルに達するそうだ。人間に置き換えれば、1キロ以上を道具なしで掘り進んだことになる。穴に沿って食料庫やゴミ捨て場、子育て部屋などが連なるというから、堂々の地中基地である

▼外敵を防ぐには、奥は深く、入り口は小さくというのが基地の勘所となる。アリの巣穴を突き止める早道は、鳥の目ではなく、虫の目になって行列の後を追うことだ

▼それを思うと、よくぞ見つけたものである。月探査機「かぐや」が撮影した月面の画像を詳しく調べたところ、直径60~70メートルの不思議な穴が確認された。かぐやは上空100キロあたりを周回していたから、カラスがアリの巣を探し当てたに等しい

▼穴は普通のクレーターより壁が切り立ち、差し込む光の分析から、深さは約90メートル、底には広大な横穴が延びるとみられる。横穴は太古の火山活動が残したトンネルで、かぐやが見つけた穴はその天井の一部が崩れ落ちたものらしい

▼地下の横穴はいずれ、アリの巣のような有人基地に使えるかもしれない。大気のない月面は宇宙放射線や隕石(いんせき)の危険にさらされ、昼と夜の温度差も大きい。何億年もの試練に耐えた空洞は格好の天然シェルターとなる

▼1年半にわたって鳥の目で月面をとらえ続けたかぐや。その「目の記憶」をたどり、より深い探査へ夢が膨らむ。やがて人が移り住み、虫の目で月を歩き回る日が来よう。その穴が長期滞在の扉となるのなら、月面に消えた探査機も本望に違いない。穴の奥、アリのように働くのでは夢がないけれど。

2009年9月14日月曜日

天声人語 2009年9月13日(日)

初秋の一日、上州と越後を結ぶ三国街道の山道を歩いた。いわし雲が浮かんで夏はすでに遠いが、秋が色を整えるには少し間がある。群馬と新潟県境の三国峠に着くと、昔ここを越えた人々の名を刻む碑があった

▼越後側は豪雪地だけに、ゆかりの名も見える。「雪国」の川端康成は、国境のトンネルを列車で抜けただけでなく、歩いて峠越えもしたようだ。鈴木牧之(ぼくし)は江戸時代に「北越雪譜」を著した越後人である。すべてを閉ざす雪への恨み節のような、その一節は印象深い

▼「今年もまた、この雪の中にある事かと雪を悲しむは辺郷の寒国に生まれたる不幸というべし」。初雪を見ての感慨だ。暖地と違って雪が風流の対象ではないことを、くどいほどに説いている

▼そんな牧之が聞いたら羨(うらや)むような話題が、先日の小紙にあった。モスクワの市長が、雪雲を消して降雪を減らす計画を打ち出したそうだ。除雪費を減らすためといい、人工降雨の技術を応用するらしい。雪雲が来る前に、郊外で降らせてしまうのだという

▼雨や雪を人工的に降らせる研究は、日本でも戦後すぐに始まった。「天の意」を人が操る願望は強いとみえ、今では約40カ国が取り組んでいる。将来、より有用な技術になる可能性があるそうだ

▼市長の皮算用では除雪費は3分の1に減るらしい。結構なことだが、天の摂理を乱さないかと、素人にはいささかの心配もある。技術のもたらす果実も、収穫の仕方を誤ると痛い目に遭いかねない。北国の福音になればいいが、などと、峠を下りながら考えた。

天声人語 2009年9月12日(土)

一線記者の頃、その日の仕事が終わると打ち合わせと称して繰り出した。飲むうちに日付が変わり、帰ればいいのにラーメンで締めるという日課である。その前にギョーザとビールがついた

▼いま健診で怒られるたび、あれで10年は命が縮んだと悔やむが、ほろ酔いラーメンは体を張るに値する味だった。スープの背脂がぎっとり絡んだ太麺(めん)が、仕事漬けの身に一時の安息をくれた。目方と一緒に

▼米ノースウエスタン大のチームが、夜食べると太ることをマウスの実験で確かめたそうだ。明るい時だけ食べられるグループと、暗い時だけのグループに分け、高脂肪の餌をやり続けた。6週間後の体重増加は「昼食組」の平均20%に対し、「夜食組」は48%に達した

▼実験中の摂取カロリーと運動量に差はなく、寝るべき時間帯に食べたのがより肥えた理由とみられる。深夜には食べるなというメタボ予防の戒め通り、生活リズムを無視した暴食は体内時計が許さないらしい

▼捨てる神あれば拾う神あり。京都大の上杉志成(もとなり)教授らのチームが、細胞内で脂肪ができるのを抑える化合物を見つけた。過食するマウスに4週間与えたところ、与えなかった一群に比べ体重は12%、血糖値は70%低くなった。脂肪肝も防げたという

▼研究を重ねれば、いくら食べても太らない薬ができるかもしれない。朝から焼き肉、深夜にカツ丼。ついでに、飲むほどに肝臓が元気になるお酒が発明されたら人生は楽しかろう。ただし、使っても減らない財布があったらの話。見果てぬ夢のあれこれである。

天声人語 2009年9月11日(金)

ここ10年、朝日歌壇で介護が多く詠まれるようになった。妻の面倒を見る歌がたまに載る。〈栗むいて口に放り込む妻在りて四十回目の結婚記念日〉前田治。日常をカラリと描いても、「夫作」には細い風が抜ける

▼「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」代表荒川不二夫さん(82)が語っていた。8年の介護の末に妻を送り、今は息子の世話をする人である。「男性は家事に不慣れだし、弱音も吐きづらい。介護疲れ、孤立感、経済的な苦しさは虐待や心中にもつながります」

▼寝たきりの妻(60)の首を包丁で刺し、10日間のけがをさせた被告(63)に、山口地裁で執行猶予つきの判決が言い渡された。懲役4年の求刑に対し、判決は「介護疲れ」を理由に実刑を退け、保護観察を添えた

▼結婚2年で脳出血に倒れた妻を、被告は13年間、一人で介護してきた。死にきれずに自首したという。法廷では「僕が好いた人。今でも妻が好きです」と声を詰まらせ、施設に移された妻も厳罰を望まなかった

▼裁判長は「裁判員の意見」を読み上げた。「生きがいを見つけ、肩の力を抜いて生きて下さい。周りと協力して見守り、二度と悲しませないように」。介護がひとごとでない裁判員もいた。事件当事者の身になる「素人裁き」の温(ぬく)もりが、優しい判決に残る

▼元気だった妻との2年に劣らず、続く13年も今では宝物だろう。苦楽を共にしたその人は、ひとつ屋根でなくても同じ秋空の下、幸いにも呼吸を続けている。朝日俳壇からも引く。〈妻逝きて介護なき日の残暑かな〉渡辺憲司

天声人語 2009年9月10日(木)

犬猿の仲とはいうが、両者は桃太郎の家来を仲良く務めている。まして、本能ではなく利害で動く人間ともなれば、小異を捨てて大同につくのは茶飯事。それも上げ潮の時は話が早いようだ

▼民主党がつくる政権は、社民党と国民新党を加えた3党連立となることが決まった。在日米軍基地など、隔たりのある外交・安保分野は「小異」として玉虫色の合意文書に塗り込められた

▼衆院の議席を動物の目方に見立てれば、民主は308キロのクマ、社民は7キロのスピッツ、国民新は3キロのチワワとでもなろうか。例えに他意はないが、小型犬にも独自の鳴き声があり、クマの背で黙してはいられまい。節目でのほころびをどう取り繕うか、クマの頭脳と度量の見せどころだ

▼ところで、気がかりは119キロの自民イノシシである。クマに倒されてから元気がなく、気を取り直して猛進しようにも方向が定まらない。首相指名では「若林正俊」と書くそうだが、当の元農水相が言う通り、その名に意味はない。白紙よりましという情けない選択となった

▼二大政党制の是非はさておき、最大野党がしっかりしないと「二大」の効用さえ分からない。小紙の世論調査では、76%が「立ち直って」とイノシシを励ましている。せめて総裁選では、国民の優しさと我慢に応えてほしい

▼勝ってまとまり、負ければもめる。政治の非情を映して秋が深まる中、内外の課題は待ってくれない。雇用や福祉の不安、新型インフル、財政赤字、温暖化……。与野党が知恵を競って退治すべき「鬼」は多い。

天声人語 2009年9月9日(水)

鰯(いわし)の頭も信心から、という。値打ちがないものでも信仰すればありがたい。この格言、からかい半分ながら、無から有を生む宗教の底力を言い表す。ひとたび信じた鰯の頭にあれこれ価値が加われば、信者の喜びはいや増そう

▼金沢市の宗教家(62)が、自分のDNA情報を添えた「ご神体」で荒稼ぎし、金沢国税局に約10億円の所得隠しを指摘された。口内粘液から得たという情報を電子チップに刻み、きれいなガラス柱に張りつけた置物だ

▼病気が治ると称し、原価の約20倍の100万円で1100個売ったという。「教祖様の分身」に治癒の気力をもらった人もいようが、どうにも利ざやが大きい。装いこそ今風でも、商いの手口は古くさい

▼週刊ダイヤモンドの最新号が「新宗教」を特集している。昨今は広く薄く、教祖の本などで明朗に集金する「コンビニ型」が主流らしい。1人から100万円より、100人から1万円ずつ。「少数の信者から身ぐるみはがすようなやり方は長続きしない」という

▼他方、長続きとは別の魂胆から、宗教の公益性を隠れミノにした税金逃れが後を絶たない。5億円超を追徴されたDNAの主も、課税で優遇される宗教法人の買収に熱心だったと聞く。宗教家は「国を養うロマンのつもりで当局の指摘に従った」そうだ

▼宗教という精神世界で身を立てながら、先端科学を都合よく拝借しては、「いいとこ取り」でひともうけと見られるだけだ。純であるべき信仰の対象を、欲得の能書きでゴテゴテ飾るものではない。鰯の頭に失礼である。

天声人語 2009年9月8日(火)

小脇に抱えて絵になる物のひとつに、フランスパンがある。週末のパリ、お使いの子が細長いバゲットを抱えて朝の裏道を急ぐ。焼きたての香りに負け、先っぽに小さな歯形がついていることもある

▼さて、これはどう抱えたのだろう。不二家の店から「ペコちゃん人形」を盗んだ疑いで、暴力団員(42)が和歌山県警に捕まった。ペコちゃんを抱えて車に走る中年男は、絵にならないばかりかうら悲しい

▼関西では今年初め、不二家の店先から人形が消える事件が相次いだ。しばらくして大阪のリサイクル店で10体が見つかり、警察が関連を調べていたという。人形は高さ1メートル、目方は10キロで、ネット上の競売では20万円の値がつくそうだ

▼東京・銀座で開かれていた「ペコちゃんミュージアム」をのぞいた。約60年前に生まれ、たちまち看板娘になった永遠の6歳。ご婦人がひしめく会場には各時代の人形がうちそろい、かわいい舌を出している。なるほど、手元に一つあっても悪くない

▼町田忍さんの『路上ポップ・ドールのひみつ』(扶桑社)に、人形を家族のようにかわいがる不二家店主の話がある。色落ちに気づけば塗り足し、寒い日は毛糸のポンチョをかけてやるという。和歌山の件、店や正しいマニアにすれば、営利誘拐にも等しい所業であろう

▼頭をなで、瞳をのぞくうちに情が移り、人形は市場価値を超えた宝物になる。お金が絡めば夢の居心地は悪かろうに、盗品と感づきながら頭をなでる御仁がいる。心の折り合いをどうつけているのやら、ああ気が知れない。

2009年9月6日日曜日

天声人語 2009年9月6日(日)

時に、男という性を返上したくなる報道に出会う。昨秋、大阪府内で男2人に襲われた女性が、事件の4日後、警察にすべてを話した上で命を絶った。結婚を控え、式場を探していたという

▼字にも口にもしたくない強姦(ごうかん)の語には、「乱暴」「レイプ」では伝えきれないおぞましさが宿る。無論、被害者の痛み、悔しさは言葉で尽くせるはずもない

▼女性2人を襲い、強盗強姦などの罪に問われた男(22)に、青森地裁で求刑通りの懲役15年が言い渡された。性犯罪では初の裁判員裁判。弁護側は懲役5年が適当としていた。男性の裁判員は「被害者の気持ちを理解するのは、非常に大変な心の作業でした」と語る

▼「女性として一番ひどいことをされた」という叫びは通じたが、負担は大きい。被害の詳細が法廷で再現され、6人中5人を男性が占めた裁判員には、被害者の声ばかりか姿もさらされた。もっと訴えやすくする工夫が要る

▼つらい体験を著書『性犯罪被害にあうということ』で明かした小林美佳さんは記した。「それまでの二十四年間を過ごしてきた私が、消えた……すべてが洗い流されたように感じた」。泣いては吐きの日々。雑踏では異臭を放つ動物のように見られている気がしたという

▼法曹界が長らく男性社会だったこともあろう。これほどむごい強姦罪の法定刑がなぜか強盗より軽い。殺人に等しい冒頭の事件も、判決は懲役7年までだった。強盗がついたとはいえ、厳罰の側に張りついた市民感覚を支持する。次からも、最たる女性差別を痛撃してほしい。

天声人語 2009年9月5日(土)

夜道を歩いていたら、植え込みで「チン、チン」と鳴いている。今年はじめて聞くカネタタキだ。コオロギの仲間で、鉦(かね)をたたくように鳴く。立ち止まって耳をすますと、別の葉陰からもチン、チン……。秋が耳の奥へ広がっていく

▼12カ月を音のイメージで表した「音の歳時記」という詩が、那珂太郎さんにある。一月は「しいん」。厳冬に天地は静まる。二月は「ぴしり」。春が兆して氷が割れる。三月の「たふたふ」は雪どけの川。詩人の感性は、さすがにみずみずしい

▼四月は「ひらひら」。野を越えて蝶(ちょう)が飛ぶ。五月は「さわさわ」と風がわたる。六月「しとしと」。七月の「ぎよぎよ」は蛙(かえる)の合唱だ。そして八月の「かなかなかな」から、九月は「りりりりり」。音の呼びさます季節感も趣は深い

▼その詩さながらに、東京ではここ数日で、樹上の吹奏楽から草むらの弦楽に楽団が変わった。カネタタキはささやかな打楽器か。虫の声の移ろいは、太陽の季節から「もののあわれ」の季節への、舞台の巡りを人に教える

▼昔は、虫の音にも「聞きなし」があった。リーリーと鳴くコオロギの声を「糸刺せ、針刺せ、つづれ刺せ」と聞いたそうだ。冬着の繕いを急がせる声だという。夜が静かだったころの炉辺の想像である

▼那珂さんの詩は、十月「かさこそ」、十一月は「さくさく」と続く。落ち葉と、霜の朝である。十二月は「しんしん」。雪が降って、時の逝く音だそうだ

▼心をすませば聞こえるかもしれない。日々の喧噪(けんそう)から、ときには心身を解き放つのもいい。