2009年11月10日火曜日

天声人語 2009年11月4日(水)

深いものになると、アリの巣は地下4メートルに達するそうだ。人間に置き換えれば、1キロ以上を道具なしで掘り進んだことになる。穴に沿って食料庫やゴミ捨て場、子育て部屋などが連なるというから、堂々の地中基地である

▼外敵を防ぐには、奥は深く、入り口は小さくというのが基地の勘所となる。アリの巣穴を突き止める早道は、鳥の目ではなく、虫の目になって行列の後を追うことだ

▼それを思うと、よくぞ見つけたものである。月探査機「かぐや」が撮影した月面の画像を詳しく調べたところ、直径60~70メートルの不思議な穴が確認された。かぐやは上空100キロあたりを周回していたから、カラスがアリの巣を探し当てたに等しい

▼穴は普通のクレーターより壁が切り立ち、差し込む光の分析から、深さは約90メートル、底には広大な横穴が延びるとみられる。横穴は太古の火山活動が残したトンネルで、かぐやが見つけた穴はその天井の一部が崩れ落ちたものらしい

▼地下の横穴はいずれ、アリの巣のような有人基地に使えるかもしれない。大気のない月面は宇宙放射線や隕石(いんせき)の危険にさらされ、昼と夜の温度差も大きい。何億年もの試練に耐えた空洞は格好の天然シェルターとなる

▼1年半にわたって鳥の目で月面をとらえ続けたかぐや。その「目の記憶」をたどり、より深い探査へ夢が膨らむ。やがて人が移り住み、虫の目で月を歩き回る日が来よう。その穴が長期滞在の扉となるのなら、月面に消えた探査機も本望に違いない。穴の奥、アリのように働くのでは夢がないけれど。

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