2009年9月1日火曜日

天声人語 2009年8月29日(土)

アメリカ東部の州で少女が殺された古い事件を、在米中に小さな記事にしたことがある。発生から27年たって有罪評決を受けたのは、ケネディ家に連なる男だった
▼ケネディ元大統領の弟であるロバート(元司法長官)の義理の甥(おい)という「末席」だったが、メディアは連日大きく報じた。王室のない米国で、一族はそれに代わる存在とも言われる。良きにつけ悪(あ)しきにつけ、かの国における注目ぶりを、あらためて感じたものだ
▼その名門を率いて、「最後の大物」と呼ばれていたエドワード・ケネディ上院議員が亡くなった。暗殺された元大統領の末弟でリベラル派を代表する長老だった。オバマ大統領の誕生に大きな役割を果たした人でもある
▼一度だけ間近に見たことがある。優しげな目が、意志と信念を宿すように光っていた。上の兄も、やはり暗殺された下の兄も、伝説の世界の住人である。重い遺影を担いでの人生は、一族の家長として険しかったに違いない
▼94年、元大統領の夫人だったジャクリーンが亡くなったときの弔辞が印象深い。「世間は、ジャッキーにも伝説上の存在になるよう迫りました。でも、彼女は世間に注目されたくなかったのです」。それは、自らの胸の内だったようにも思われる
▼エドワード氏亡きあとの一族に、力強い後継者は見あたらない。「ケネディ王朝」も終焉(しゅうえん)へ向かうと見る向きが多いようだ。だが、氏の政治信条はオバマ大統領に引き継がれたはずである。病を得ながらも最後の大仕事を成し終えて、兄たちのもとへ旅立った。

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